タール砂漠の中から浮かび上がる黄金の蜃気楼のように存在する街ジャイサルメール。この魅惑的な辺境の地は、そのはちみつ色の城塞にちなんで黄金の街と呼ばれています。まるでアラビアンナイトの砂の城のように聳える砂漠の要塞ジャイサルメールの街は、数世紀前までインドと中央アジアの国々を結んで大きな利益をもたらした、ラクダに乗ったキャラバンサライたちの貿易及び防衛戦略上重要な拠点として栄えてきました。
商人たちや地元の人々はその利益の恩恵に与り、木材や黄金色をした砂岩に優雅で繊細な彫刻を施し、贅を極めた家やハーヴェリー(マンション)を競うようにして建てたといわれています。
街にはマーハーバーラタ叙事詩に出てくるパンダヴァ兄弟のひとりアルジュナに、トリクタの丘の頂上に自分の王国を築くであろうと予言したヤダヴ氏族のチーフ、クリシュナ神と関わりのある興味深い伝説があります。この予言は1156年にヤダヴ氏族とラージプート族のBhatti一族子孫であるラワル・ジャイサルがロドゥルヤにあった自分の要塞を取り壊し、新たにジャイサルメールのトリクタの丘の上を首都として定めたことによって達成されます。ジャイサルメールのラージプート族のBhatti一族は、高級シルクや香辛料を沢山ラクダの背に乗せて自分の領土を通過してデリーやシンドに向かうキャラバンサライ(貿易商隊)たちから税金を取り立てて生計を計るという封建的領主でした。こういったキャラバン隊たちから多額の儲けを得ていたといわれています。数々のラージプート氏族たちの間で行なわれた蛮行や対抗心による紛争が毎日行なわれていた当時、ラージプート族のBhatti一族が統治するジャイサルメールは特に恐るべき軍隊を誇る地域だったといわれています。デリーのイスラム支配者による直接的な包囲攻撃からさえも運よく多数の犠牲を出すことなく逃れたため、何年もの間というもの、ジャイサルメールは外部の影響を受けることなく昔の趣をそのまま現在でも感じられる、他では見られないようなユニークな街になっているのです。
海洋貿易の発達とスエズ運河の開通によるムンバイ港の発展によって東西貿易ルートが衰退すると共に、ジャイサルメールもその栄華が衰えていきます。そしてインド・パキスタンの分離独立によって国境は封じられ、遂にこの貿易ルートが分断されることによって街は衰退の一途をたどり始め、また水不足の発生により街の息の根は止められたといっても過言ではないでしょう。しかしながら1965年から1971年までのインド=パキスタン戦争によってジャイサルメールの戦略的・防衛的重要性が増したため、インディラ ガンジー運河が建設され、砂漠に息を吹き返すようにしてジャイサルメールの街は甦ったのです。
ジャイサルメールの街はただ散策するだけでも素晴らしい体験ができる魅力的な街です。かつて完全に城壁に囲まれていた旧市街の中には、城門をはじめとして数々の宮殿が立ち並び、往年のジャイサルメールを彷彿とさせる風景が広がっています。ジャイサルメールの旧市街の人口の4分の1は現在でも城壁の内側に住んでおり、市街を見下ろして守護する砦の中で、城壁内部に点在する素晴らしい宮殿やハーヴェリーの数々、寺院や腕のいい工芸職人の商店、偏在するラクダなどに紛れて当たり前のようにの地元の人々の日常生活を垣間見ていると、荘厳な中世の城下町に迷い込んだような気分に浸ることができるでしょう。日没時にジャイサルメールの街全体が美しい黄金からブラウンへと変化していく様は感動することまちがいなしです。
黄金の街ジャイサルメールを訪れるのに一番お勧めの時期は、そのメロディアスな民族音楽の旋律とリズムが街中に反響する、毎年1月~2月にかけて開催される砂漠祭り(Desert Festival)の期間中でしょう。民族舞踊やらくだレースを含む数々のエキサイティングな競争競技などは、このお祭りの一番の見どころです。また、この期間中にはカラフルな工芸品バザールが立ち並び、城塞のライトアップが行なわれ、満月の夜には、有名な砂丘を背景にしたパフォーマンスが見られます。
<見どころ>
ジャイサルメール城塞
ラージプート族の統治者、ラワル・ジャイサルによって1156年に建てられ、その後の統治者達によって増改築がなされた黄金の要塞で、荒れた砂漠地帯を見下ろし標高80mのトリクタの丘の頂上に、街を守護するかのように聳える城塞です。要塞に向かうには大きな中庭へ続く幾つもの近づきがたい、どっしりとした城門をくぐりぬけて要塞へと入ります。
中庭から最初に見えるのは、前マハラジャの7階建ての宮殿です。中庭は軍隊を召集したり、民衆の意見を聞いたり、重要な来賓が訪れた際に贅沢なもてなしをするための場所などとして使用されました。宮殿の一部は一般公開されているので、中に入る事ができます。城壁の内側には、12世紀から15世紀にかけて建設された、Rikhabdev伝道師とSambhavnath伝道師に捧げられた素晴らしい彫刻の装飾が施されたジャイナ教寺院の数々が建ち並んでいます。曲がりくねった迷路のようになった城塞の内部を散策すると、何世紀も変わらない風景と人々の生活にふれることができ、素晴らしい体験になることでしょう。ジャイサルメールは期待を裏切らないインド中世の珠玉の街なのです。
ハーヴェリー
黄金の砂岩に複雑に入り組んで繊細に彫刻が施されたハーヴェリーは、中世にジャイサルメールの裕福な商人達によって建てられたもので、そのうちの幾つかは何世紀もの時代を経た現在でも、非常に保存状態がよく、一般公開されているので中に入って見学することが可能です。
注目するべき見どころ :
Patwon ki ハーヴェリー
優雅に彫り込んだ柱や外側に突き出るように設計された廊下や小部屋など、ジャイサルメールに点在するハーヴェリーの中でも最も精巧で素晴らしい造りのハーヴェリーです。5階建ての建物の一部は美しい壁画で覆われ、その内側には鏡張りの一部が残っていたりします。
Salim Singh ki ハーヴェリー
丘のすぐ下に位置し、300年前に建てられたこのハーヴェリーには現在でもその一部が住居として使用されています。サリム・シンとはジャイサルメールが威厳のある都だった頃にこの地を支配していた人物です。この建物はアーチの美しい屋根に孔雀を模ったブラケットをもち、最上階には繊細で精巧なデザインのバルコニーがついているのが見どころです。
Nathmal ki ハーヴェリー
19世紀の末ごろに建てられたハーヴェリーで、こちらも当時の街の支配者の住居だったものです。2人の兄弟によって彫刻が施されたこのハーヴェリーはとてもバランスのとれたデザインになっています。内側の壁には細密画が溢れ、黄色の砂岩を彫って造られた象の彫像が建物を守るように正面に立ち、玄関でさえも素晴らしいアート感覚に溢れるハーヴェリーです。
ガディ サガル
城壁の南側に位置するこの池は、その昔街に水を送るための貯水池でした。周辺には幾つもの美しい寺院や廟が建ち並んでいます。冬場にはこの貯水池に様々な種類の鳥類が渡ってきます。この貯水池に関する興味深い伝説は、貯水池につながるアーチ状の美しい入り口の門が、実は有名な娼婦によって建てられたというものです。彼女が初め、マハラジャにこの門を建てる許可を貰いに伺った際、マハラジャは自分が貯水池に向かう度に汚れた彼女が建てた門をくぐらねばならない屈辱を味わいたくないので彼女の建築を許可しませんでした。しかし、あるときマハラジャが外遊中、マハラジャが帰ってきてから取り壊すことができないように、門の上にはクリシュナ神に捧げた寺院をつけ、彼女は門を建ててしまったということです。
博物館
街には幾つかの興味深い博物館があります。ラジャスタンの文化遺産を守り、地元の歴史を研究するために建てられた砂漠文化センター&博物館(The Desert Culture Centre & Museum)には織物や古いコイン、化石や伝統的なラジャスタン楽器などが展示されています。その他、貯水池に向かう途中にはジャイサルメール民族博物館(Jaisalmer Folklore Museum)、政府博物館(The Government Museum)にはジュラ紀まで遡ることのできる、保存状態が非常によい化石のコレクションが並んでいます。
ジャイサルメール周辺 …Bada Bagh
ジャイサルメールの北へ7km行った所にある、古くて巨大なダムを有する肥沃なオアシスで、庭園の上には昔の支配者たちが馬に乗った彫像や彫刻の施された天井が有名な廟があります。ジャイサルメールに運び込まれるフルーツや野菜の殆どがここで栽培されています。
アマルサガル
街から北西に7kmほど行ったところにある湖の湖畔には美しく整えられた庭園があります。また、素晴らしい彫刻が施されたジャイナ教寺院も見ものです。
ムールサガル
街から西へ9km行くと貯水池があります。この貯水池はジャイサルメールの王族所有のもので、ピクニックをするのにぴったりの場所です。
クーリー
ジャイサルメールから南西へ40km、砂丘のど真ん中に位置する村で、泥と草でペルシャ絨毯の模様のように装飾された家並みが並ぶ静かな村です。
サム砂丘
街から42km行った所にある村で、サムはジャイサルメールから一番近い、本物のサハラ砂漠の真ん中に位置するかのように見える村です。一番の見どころは、砂丘の上で見る日の出と日の入りの風景で、そこを流れる風が造りだす砂丘の風紋は、まるで魅惑的な蜃気楼のようです。ここへはエキサイティングなキャメルサファリで向かい、砂丘の上で一晩を過ごすのが一番のお勧めです。
近くのサム村には、砂丘と雑木地帯が続く砂漠国立公園(Desert National Park)があり、ここでは黒雄鹿や砂漠のキツネ、インド大ノガンなどをはじめとする数々の有名な鳥類などをみることができます。